悟りと混沌について学ぶ

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Author:F
30代男性。
2005年からチャネリングをしています。
今は悟りについて学んでいます。

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第三十七講義 レヴィアタン


ルシファー:さて、ついにあの方だ。

レヴィアタン

旧約聖書(『ヨブ記』『詩編』『イザヤ書』など)で、海中に住む巨大な怪物として記述されている。

中世以降はサタンなどと同じ悪魔と見られるのが一般化した。
(中略)
キリスト教の七つの大罪では、嫉妬を司る悪魔とされている。

レヴィアタンWikipediaより

F:もう悪魔という分類がいかに雑かという証明ですな。


F:大きいと話づらいな。

レヴィアタン(以下レ):サイズとはなんだ。
 ただお前が/意識が/小さいだけではないか。
 お前は自らを小さいとしている。
 それは恥ずべきことだ。

F:私が自分を小さいとしているから、恐れて、話をしにくいと。
 意識を大きくもちなさいと。

レ:(にっこり)

レ:では本題に入ろう。
 あなたが力の行使を恐れるのは/あなたが自らを小さいと考えているからだ。
 あなたの力がおよぶところすべてはあなたである。/これは普遍の真理である。
/だからあなたがあなたの力を使わないのは/あなたの背がかゆくても、我慢しているのと同じように/醜い姿なのだ。

F:しかし、霊的世界においては、力の行使は慎重でないと道を外れると言いますよ。

レ:それはあなたの考えで/そのことが指し示していることは違う。
 なので実際にやってみろとしか言えぬ。

レ:七つの大罪は/罪ではなく、罪となる可能性である。
 恐れこそが制限であり、それこそが罪だ。
 /自らを矮小化しているので/七つの大罪は罪への可能性、つまり恐れから来ており、それそのものが罪であろう。

レ:より深く主題に入ろう。
 身からの力を行使するのは/自らの存在になることと同義であり/創造主への検針であり/それが自らの創造主であることを示す/唯一の行いなのである/ことは明白。
 なぜなら/存在は存在によって規定され/力は力によってあるとされる。
 可能性は現れてないことをさし、それは無である。
 あなたが存在しているなら、あなたは力だ。
 あなたが力とならないのであれば、あなたは無だ。
 それではあなたのカルマ=呪縛は既に存在しているのに/あなたが無であれば、どうして呪縛だけが消えようか?
 それは呪いである。
 闇を恐れるな。/不活動こそが闇である。

レ:よいか。/力とはあなたの役割であり、他との関わりである。
 昨日の会話であったように、混乱こそが正義である。/
 であるならば、力を発揮し、あなたの役をまっとうし、そして悔いをつくるな。

レ:これだけ伝わればよい。
 力を発揮し、すべてを従わせよ。従うのではなく。

レ:(にっこり)満足。


F:支配や破壊は悪ではないのかな?

ルシファー:レヴィアタンの言いたいことは、その悪が、いや暴力が生まれたとき、それに抗議しないことが悪ということなんだろう。

ルシファー:これは、あなたの本質を行いなさいという話にすぎないよ。



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第三十六講義 悔い


ルシファー:ここまで悪魔について学んでどう思った?

F:悪魔を恐れることはないですね。
 そして、私はなにか現実で力を振るうことを恐れていたのですが、それもまたおかしいと思うようになりました。

ルシファー:まぁ、そんなものか。


ルシファー:君は他者に影響を与えることにトラウマがある。
 それを克服しよう。

ルシファー:力を使えば、他人に影響を与えることになる。
 悪魔の力を使えばより強く影響を与えるだろう。
 しかし、悪魔の力など使わなくても、政治家などであれば、それ以上の影響を他人に与えることになるだろう。

ルシファー:あなたは過去生で、悪魔で人に影響を与えた。
 そしてそれを悔いた。
 それが今、何事も他人に影響を与えまいとするようになった。

ルシファー:私から言わせれば、悔いをつくった時点で、道を誤ったのだ。
 なぜ他人に悪い影響を与えてはいけないのか。
 それは自らがそれを悔い、償うことにするからだ。
 それがカルマを量産し、増やし、道をややこしくさせる。
 本来、善、正しい道の規範となる道徳は、道をわかりやすくするもの。
 それが逆に道を複雑にしている。
 悔いとはそういうことであり、悪魔に魂を売るとは、そのことを指している。
 しかし、悔いをつくるのは自らであり、自らの道徳に背くからであり、その道徳はその当時の世の考えに因っているのである。
 ならば悔いを引き継ぐことはおかしなことであるから、止めたまえ。

ルシファー:さてと、後一歩だな。
 では、あなたの道徳への止めを刺そう。

ルシファー:全体は、単一になることは望んでいない。
 なぜならば、すべては始めから単一なのであり、最初から既に単一であることは果たされているからだ。
 よって調和は正義ではない。混乱こそが正義なのだ。

F:混沌じゃなくて、混乱?

ルシファー:そう、混乱。
 乱れて、あっちとこっちがぶつかり合っている様子だ。

F:え、あっ、ハイ。
 でもそれだと、この世は乱れていますが、そのままで良いということになります。

ルシファー:そうだよ。そうであるからこの世があるのではないか。

F:しかし、聖書などには世の乱れなどで、災害などが起きるとありますし、スピリチュアルでもそういうことを言われることは多いですよ。

ルシファー:しかし、その後で(神が介入することで)混乱は酷くなるし、世はもっと乱れるじゃないか。世を治める方向へはけっしていかない。
 つまり、それでいいんだよ。
 今日はここまでにしようか。



第三十五講義 神の構造


ルシファー:やあ、今日はたぶん君が一番会いたい人、
 ではなくて会いたい悪魔を連れてきたよ。

ベルフェゴール
 七つの大罪の「怠惰」「好色」を司る悪魔とされる。

古代神としてのベルフェゴール

ベルフェゴールは、古代モアブで崇められた神バアル・ペオルを前身とする。この名は恐らく「ペオル山の主神」を意味する。このバアルと言う名が、慈雨と豊穣の神のバアルを指すのか、単に一般名詞としての「主神」という意味なのかは不明。また「ペオル」は裂け目という意味で、この神に捧げるために山の岩の裂け目に供物を投げ入れていたという解釈もある。

この古代神が、キリスト教の浸透とともに一神教に基づく聖書世界で卑小化され、悪魔とされていったのである。

ベルフェゴールWikipediaより

F:もういつもの(キリスト教の)パターンなので慣れました。
 でいったい何者なのでしょうか?

バアル・ペオル(以下バアル):すべてでかまわんよ。
 古神でも悪魔でも。なんでもよかろう。
 何を司っているかと?
 君は何を司っているのだ?

F:や、私は人ですし・・・

バアル:O.K.そうだな。私ペオルは君の考えの一部かも知れないし、霊かも、宇宙人かもだしれない。
 一つ良いことがあるとするならば、ワシが何であっても、その対話によってあなたはあなたを知るだろう。

バアル:ワシは君の言い方だとハンカチ、つまりパワーなのだ。つまりは神=天使=悪魔。結局は力であろう。
 力のない者と対話しても、それはただの会話にすぎない。それだったら別に通りすがりの霊でもよかろう。

F:えーと...

バアル:まぁ待て。話は最後まで聞け。
 だからはあなたは力を求めなくてはならん。
 あなたは何を求めて会話するのか?
 それを与えるのなら、それは天でも地でもよかろう。
 悪魔は代価として魂を取る?そんなことは信じてないだろう。

F:失敗すると恐ろしい目にあいませんかね。

バアル:それは力を求めて失敗すれば、天使でも悪魔でもそういう作用もあろう。
 あなたが力を信じれるのならば、それは自作の神でも同じことだ。
 我々はたしかにあるのだ。しかし、その仮面にはこだわらない。
 ・・・こだわるヤツもいるがね。

F:でも悪魔だと私が思って接すると、やはり邪悪なことが・・・

バアル:それはない。それは共和党があくまで、民主党が天使といっているようなものだ。
 キャラクター性はあるが、それを超える何かはない。
 それはくだらない考えだよ。
 善・悪は幼稚だ。

バアル:あなたは私を知的な神としてイメージしているから、その部分を引き出している。それはあなたの考えだ。が、その奥にキャラクター性があるのだよ。そういう意味では私ペオルはいる。
 少し天使も話したがっているようだ。

ラジエル:ラジエルです。
 天使もキリスト、後期キリスト教、ユダヤ、イスラームで違います。神様も、国・文化の数だけあります。
 それは天使論3で述べたとおり、人の考えは上を流れているのをピックアップしているだけ。
 人の触れられる神仏系もある程度限定されているのですよ。人ですから。

F:マスターと呼ばれる存在もそうなのですか?

ラジエル:マスターはいますよ。その人物の体はかつて存在していたわけなので。
 記録としては明瞭にあります。

ラジエル:図を描きましょう。

神の概念図

ラジエル:いいですね。

ラジエル:まず例として太陽でもあげましょうか。太陽はとても重要ですからね。どの神話にも太陽神はいるのです。
 これが象徴

ラジエル:しかし、その力に至るのに文化・風習・伝統は時代・場所によって様々です。
 それがです。

ラジエル:そして太陽神だからといってすべてが同じではありません。
 男神、女神、主神、子神、穏やか、凶暴。性質は様々です。
 これらはつまり概念です。

ラジエル:概念に善を入れれば、正義の神となり、悪を入れれば悪の神となります。

ラジエル:神というものは、このようなものですよ。

バアル:門の話をしようか。門は入り口だが、どこから入るかで、その人の記憶とのリンクが発生する。そのリンクが情熱を再現し、パワーとなる。
 すなわち、太陽神のエネルギーを引き出すのも、慣れた門の方が強力になるわけだ。

F:なんだかあなたは話やすいですね。

バアル:馴染みの門なんだろうね。

バアル:またいずれ、古き神として会おうぞ。




第三十四講義 マモン 不正の富の悪魔


F:さてと、今日も悪魔と話をしますか。

マモン:どうも、マモンです。

F:ええと、本当にいるんですか。そんな悪魔。

マモン:呼んでおいて、そんな言い方はないでしょう。
 とは言え、多分に人の想念で創られたものであり、中核はもっと別のものですよ。

F:ネットで調べると、
 あー、もー、なにこれ。

元来、Mammon は「富・財」を意味するシリア語にすぎなかった。これが悪魔学において金銭の悪魔として定着したのは、『マタイによる福音書』の「汝ら神と富とに兼ね事ふること能はず」(6:24)の解釈に由来する。

ドイツのイエズス会士、ペーター・ビンスフェルト(英語版)は著書『魔女と悪人の告白について』(1589年)において、キリスト教の「七つの大罪」を司る七つの悪霊のリストを示した。その中でビンスフェルトは、マモンを「強欲」を司る悪霊とした。

マモンのWikipediaより


F:なんだろうね。これ。言葉が擬人化して悪魔になったって。
 なんかほんといい加減というか、なんというか。
 これが七つの大罪の悪魔の1体ですか。
 こんなんどうしよう、ルシファー。

ルシファー:これを呼んだのは君である。
 であるなら、この”マモン”と対話することは、君の富への思いと対話することと同一である。

F:なるほど。

ルシファー:あと、想念だと思うな。神と思え。

F:ふむ。



F:では、改めましてマモン殿。私はなぜ豊かではないのでしょうか?

マモン:それは働かないからでしょう。


F:働くだけが豊かになる方法ではないでしょう。

マモン:豊かになるどのような方法もしていない。それが答えです。


F:あなたに願えば富みますか?

マモン:その役割を今の私は負っていない。


F:なぜ、私は富もうとしていないのだろう?

マモン:特別視しているからでしょう。お金を多く持つことを。

F:(ぐうの音も出ない)

マモン:富に、お金に、色々とこだわりをお持ちのようだ。
 そして、こだわりを持たないというのも、また、こだわりですよ。

 あなたは”貧”が良いことだと思っている。もし”教え”が変わって”富”が正義になったら、今度は必死に富を得ようとなさるおつもりか。
 ハッ、くだらない生き方ですな。


F:ぐう。


F:結局、私は働くことに興味がないのだと再確認しましたよ。

マモン:習慣なだけな気がしますがね。
 これからはお金を稼いだ方がいいですよ。

マモン:あなたはサービスや物を自分から安く譲って、リターンが少なくて嫌な気分にたびたびなる。
 それよりもあなたがほしいという気持ちに最初からフォーカスして、そこから順序よく組み立てていくことも、また大事でしょう。

F:なるほど。
 私には、ストーリーがあって、良いものを提供して、評判になったら値上げをしていく。そんな考えで動きがちです。

マモン:そのようなストーリーもいいですね。
 でもそれは、ひとつのストーリーですから。
 ストーリーそのものよりも、富をストーリーの中心に据えることをしないと何も始まりませんよ。

マモン:金が入る、入らないは、明確に成功・失敗と分けられることが出来ます。
 現実も、また、私が創っているのであれば、そこを思い通りにすることもまた大切なことです。
 以上です。



第三十三講義 悪魔の本質 その三 宇宙の悪魔


ルシファー:さてと、ちょっと宇宙について話そうじゃないか。
 悪魔は地球だけかな?それとももっと他の星にもいるのかな?

F:地球だけ、なわけないですよねぇ。
 天使が法則であるならば、悪魔もまた法則ですし。

ルシファー:当然そうなろうだろうね。
 では、地球と、そうだな、火星の悪魔はなにがどう違うんだろうね?

F:えー、あー、やー、そんな質問をされるなんて思ってもみませんでした。
 うーん、同じなんじゃないですかね。
 結局下地になる、世界観みたいな、味付けは違うけど、基本は一緒みたいな。

ルシファー:いやいやいや、逆だよ。逆。
 むしろ全然違うものなんだよ。地球とは。

F:えーそうなんですか。

ルシファー:まっ、前座の話はこのぐらいにして、昨日の続きをしようか。

F:先が、気になるのですが・・・



◇天使と悪魔の本質

ルシファー:ここまでのまとめだ。

 天使ー単純性ー神性

 悪魔ー複雑性ー下方性


 なので天使も悪魔も宇宙の隅々にまで存在する。

ルシファー:むしろ悪魔の方が広くいる。
 この宇宙は広大だからね。
 その創造性と多様性の拡大はむしろ悪魔の手にかかっていると思ってくれてもいい。

ルシファー:さて、悪魔の側から一方的に言ってもなんだから、天使の言い分も聞こうか。

ラジエル:はい、天使ラジエルです。
 ええ、ええ。それで結構ですよ。なにも問題ありません。

F:いいんですか?

ラジエル:いいですよ。
 天使は上。上とはなにかという定義はこの場合脇に置いておいて、私達は上からの創造を致しております。
 悪魔はその下流においての創造をしていると考えるとよいです。上流より下流の方が、その量的には莫大なものとなるのですよ。

F:なんだか別に悪魔が悪いとは思わなくなってきたな。
 が、悪魔を悪く言う人は多い。なぜなんだろう。

ラジエル:それは上を目指す上では、邪魔この上ない存在だからでしょう。
 別に霊的な到達を目指さないのであれば、なんのこともないことだと思われます。

ラジエル:しかし、常識的、世間的なことで言えば、悪いことはすべて悪魔の仕業になるので、そういう意味では嫌われてますよね。
 例えば不運なのは悪魔が取り憑いているからだと、伝統文化的に解釈されるのでしたら、それでは悪魔が人気者にはなりえないですからね。

F:その、冷静に解説してくださってありがとうございます。


ルシファー:実にくだらない質問だったな。
 さ、今日はこれで終わりでいいだろう。



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