サナート・クマラとチャネリング

心を軽くして、星へ還る☆

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第三十七講義 レヴィアタン


ルシファー:さて、ついにあの方だ。

レヴィアタン

旧約聖書(『ヨブ記』『詩編』『イザヤ書』など)で、海中に住む巨大な怪物として記述されている。

中世以降はサタンなどと同じ悪魔と見られるのが一般化した。
(中略)
キリスト教の七つの大罪では、嫉妬を司る悪魔とされている。

レヴィアタンWikipediaより

F:もう悪魔という分類がいかに雑かという証明ですな。


F:大きいと話づらいな。

レヴィアタン(以下レ):サイズとはなんだ。
 ただお前が/意識が/小さいだけではないか。
 お前は自らを小さいとしている。
 それは恥ずべきことだ。

F:私が自分を小さいとしているから、恐れて、話をしにくいと。
 意識を大きくもちなさいと。

レ:(にっこり)

レ:では本題に入ろう。
 あなたが力の行使を恐れるのは/あなたが自らを小さいと考えているからだ。
 あなたの力がおよぶところすべてはあなたである。/これは普遍の真理である。
/だからあなたがあなたの力を使わないのは/あなたの背がかゆくても、我慢しているのと同じように/醜い姿なのだ。

F:しかし、霊的世界においては、力の行使は慎重でないと道を外れると言いますよ。

レ:それはあなたの考えで/そのことが指し示していることは違う。
 なので実際にやってみろとしか言えぬ。

レ:七つの大罪は/罪ではなく、罪となる可能性である。
 恐れこそが制限であり、それこそが罪だ。
 /自らを矮小化しているので/七つの大罪は罪への可能性、つまり恐れから来ており、それそのものが罪であろう。

レ:より深く主題に入ろう。
 身からの力を行使するのは/自らの存在になることと同義であり/創造主への検針であり/それが自らの創造主であることを示す/唯一の行いなのである/ことは明白。
 なぜなら/存在は存在によって規定され/力は力によってあるとされる。
 可能性は現れてないことをさし、それは無である。
 あなたが存在しているなら、あなたは力だ。
 あなたが力とならないのであれば、あなたは無だ。
 それではあなたのカルマ=呪縛は既に存在しているのに/あなたが無であれば、どうして呪縛だけが消えようか?
 それは呪いである。
 闇を恐れるな。/不活動こそが闇である。

レ:よいか。/力とはあなたの役割であり、他との関わりである。
 昨日の会話であったように、混乱こそが正義である。/
 であるならば、力を発揮し、あなたの役をまっとうし、そして悔いをつくるな。

レ:これだけ伝わればよい。
 力を発揮し、すべてを従わせよ。従うのではなく。

レ:(にっこり)満足。


F:支配や破壊は悪ではないのかな?

ルシファー:レヴィアタンの言いたいことは、その悪が、いや暴力が生まれたとき、それに抗議しないことが悪ということなんだろう。

ルシファー:これは、あなたの本質を行いなさいという話にすぎないよ。



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